毎月のお稽古スケジュールやお知らせもあります。
母が独身の頃の写真です。綺麗でしょ。田舎で当時流行ってた「岡本新内」を踊ってるところだそうです。



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うわ~~
美男美女の、お父様とお母様の結婚写真と、
お母様の舞姿!!素適ですね~~~

片肌脱いで、お祭りでしょうか??
本当にお綺麗です!!
佳世子 2009年02月10日 火曜日 19時51分 コメント編集
岡本新内
明治の始めから昭和初期にかけて秋田県内に広く流行した「岡本っこ」は 市川団之丞 が安政の頃、平鹿郡今宿村(現雄物川町今宿)で創作したものと伝えられています。

  その曲の情緒てんめん、切々たる哀調は聴く人の胸を打つものがあったといわれ、 その後雄物川筋を中心に全県各地に普及し、各地で独自の個性を帯びながら発達しましたが、 繊細な技巧と艶麗な曲節は時代と共に原調を失い、大正初期にはわずか古老の口の端にうろ覚えに残るのみとなりました。


  横手の岡本一寸平 (ちょっぺい)師匠は、大正初期からその発掘、復元に志し、詞を拾い集め、調子を訊ね、新内振りに浄瑠璃の憂いを添えるなど次第に独自の世界を創り上げていきました。

 長い年月にわたる師匠の精進努力により、生まれ変わった岡本新内は女心の哀れさ、つややかさを唄い、聴く人の心を打たずにはおきません。
  昭和57年、初代家元岡本一寸平師匠の没後、二代目家元となった岡本染平(せんぺい)師匠は一寸平師匠の一番弟子で、 その半生を岡本新内の伝承と弟子の育成にささげました。
門弟は地元横手市のほか秋田県内、東京の財界人にまで及びます。
 残念ながら、平成12年10月他界されました。


鳳祥です 2009年02月11日 水曜日 02時35分 コメント編集
お褒めいただき
ありがとうございます。子供の頃から自慢の母でしたが、今は腰も曲がってすっかりお婆さんになりました。でも元気に一人暮らしをしてくれてます。時々訪ねて一緒に食事や話をするくらいしかできませんが、元気でいてくれるだけで有り難い事です。
芝鳳 2009年02月11日 水曜日 02時42分 コメント編集
すごーい!
祥さん、よく調べていただきました。地元でもそこまで詳しく知ってる方はないと思います。素晴らしい!此処が発祥の地とは驚きました。今では廃れてしまいましたが、勿体ない事ですね。調べていただきありがとうございました。
芝鳳 2009年02月11日 水曜日 02時49分 コメント編集
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